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潜在意識による願望実現(恋愛成就)までのリアルタイムアップデート
潜在意識の活用による恋愛成就を信じて、悪戦苦闘の日々をリアルタイムに更新。。。まだ叶う気配はなし。 成就した時に、笑顔で読み返すつもりです♪
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No.18 全ての思考は結果を出す
以前にも書いたけど、少し前まで、自分は仏教系の瞑想で欲を手放す努力をしていたんだよね。 その自分が今、欲を追求し恋愛成就に心血を注いでいるわけだけど、その理由は、自分の師匠から『欲を手放すには、一度は欲を実現することが必要。 そうで無い場合、欲を手放したのではなく、単に欲を諦めただけの生活になりやすい』というアドバイスを受けたから。(詳細は「はじめに」で記述)
しかし、180度違う方向を目指して修行をするにあたって、抵抗なくすんなりと入っていけたのには、別に理由があったので、少し書きたいと思う。
それが、タイトルの『全ての思考は結果を出す』という話。
知っている方も多いと思うけど、仏教では因果論(因縁、カルマ)を説いている。 最も世間的に広く言われている説明は、全ての行為は廻り回って自分に還ってくる因果応報のこと。 ただ、この説明は分かり易いけど、ちょっと「信じなさい」的な要素が強いように感じてあまり好きではない。 むしろ、次のような説明に自分は納得している。
この世は、心を原点とした出力と入力の世界であり、特定の種類の心の出力に対しては、決まった種類の入力が起こる。。。
具体的には、正しい手順を踏まずして他人のものを奪いたい(怠惰)という心の出力に対しては、どこかの時点で実生活上の現象を通じて失う(不足感)という心への入力が還ってくる、といった感じ。 反対に、与えたい気持ち(労りの気持ち)の出力に対しては、充足感という入力が心に還ってくる。
それは行動を伴った行為でも、行動を伴っていない思考でも、基本的には同じ。 なぜなら、行動自体が思考があった上で成り立つことだから。。。という説明。

その話を最初に聞いた時は、『でも、奪えば増えるんじゃないの?』、『与えたら減るじゃん』という感想だった。 でも、世の中を長期的な視野でよく見てみると、確かに『与える者は富み、奪う者は喪失する』というのは事実のように思えてきたんだよね。 『思考は現実化する』の著者、ナポレオン・ヒルは、巨万の富を築き上げた人達に共通する特徴として、『仕事を単に、日々のお金を得るための手段と思っておらず、世の中の人達に充実感を与えるという最終目的を持っている』と結論づけている。 まさに与える者は富める。
ここまで読んでもう気付いている方も多いと思うけど、願望実現を目指したイメージングの場合、『幸せを与えたいという気持ち』の出力⇒『幸福感を得る』という現実の入力。 ということで、ちゃんと仏教的説明と一致してるんだよね。 だからこそ、バキュさんブログとかで何度も説明している、優しさを持って周囲の人が全員幸せになるイメージをすることが願望実現のポイント、という話にも納得してる。
これが、自分が180度違う方向を目指すにあたって、特に違和感を感じなかった理由(^^)

ちょっと余談になるけど、ここまで書いたから、もう少し『欲』について書いてみようと思う。
ここで、だったらなぜ仏教では、欲を手放すために修行をするのか? ということが疑問になってくるよね。 欲を捨てなくても、他人に良いことをしてどんどん幸せになりなさい、っていう教えになっても良いでしょ。
ここの説明は、すごく乱暴にまとめると、『欲』という心の出力に対しては、『苦しみ』という入力が還ってくる、ということになるんだよね。
確かに、憧れの美女と結婚しても、お互いに歳も取るし衰えていく姿も見せなきゃならない。 そして最後まで愛し続けたとしてもいつかは離れ離れになる不安という時間を経て死別しなければならない。
だから、仏教の最終ゴールに『願望実現は無い』ってことになる(宗派によってここら辺の最終ゴールの考え方はかなり違うので、気分を害した人がいたらごめんなさい)。
そして、修行の末に生命として基本的な生存に関する欲まで手放すことができた瞬間に『悟り』の状態がおとずれる。。。まぁ、文章的には幾らでも書けるけど、実際に欲の消滅した状態がどうして最終・最高の境地なのかは、自分レベルの人間には分からないけどね。 普通の人では考えても分からない境地らしい。
でも、自分も長年、仏教系の勉強と修行をしてきて分かったんだけど、『欲を手放す』というのは、実際にはあまりにもレベルの高い話で、強欲レベルの欲とかは修行を通じて手放して、他人に与える側の人になることはできたとしても、好きな人と一緒になりたい、とかっていう人間の基本的な感情レベルの欲だと、修行で手放すのは不可能に近いように思う。
結局、人間としての基本的なレベルの欲は、一度はちゃんと手に入れて、『もうこれで十分』と満足しなければ欲求不満になってしまうっていうのが多くの人の場合のパターンで、自分の場合もご多分に漏れず、それが師匠に指摘されたこと。
だから、やっぱり『欲を手放す』仏教を実践していても、手順として、まずは『欲を満たして幸せになる』という今の取り組みに納得してる。

『欲』や願望実現についてのあれこれでした。
では、みんなで幸せになりましょう♪
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